ヨーロッパ人やアメリカ人の台所を見ていてどうしても分からない点がある。「箸」という道具を一切使わずに、みんなどうやって炊事全般をこなすのか?という点だ。自分が日本人だからかもわからないが、台所における一膳の箸ほど大胆にして繊細な調理活動を行え、なおかつ軽くて手になじみの良いキッチンツールを他に知らないのだ。しかも箸は調理器具と食器をも兼ねている。こんなに便利な道具がほかにあるだろうか?
良い牧羊犬とは羊飼い達にとって、箸のような存在かもしれない。写真は以前、バージニアの田舎で行われた牧羊犬のナショナルチャンピオン戦を見に行った時のものなのだが、プロのトレーナーと、プロの牧羊犬のアイコンタクトの強烈さといったら、よーく眼をこらすと彼らの瞳と瞳を繋ぐ、二本のビームが見えてきそうな程だった。彼らは、彼らの間にほとんど半物質として存在している二本の「視線」を、あたかも箸のように駆使して羊をかき集めているように見えた。たまに集団から離れて飛び出した一粒の米粒(羊)も、お箸犬たちは見逃さない。
箸という道具の特別さのひとつは、繊細な指先の機能が延長されたことにある。同様に、「良い牧羊犬を持っている」という事は、羊飼い自身のその繊細な指先が10メートル、20メートル、時には何百メートル先までも伸びていって、自由自在に作業が行えるということと近いのかもしれない。