2022年5月23日月曜日

犬の聴覚過敏とつきあう②




  北バージニアの僻地では、ここ2週間で急に日差しが強くなり、暑くなりました。近所の畑では麦がどんどん育っています。上の写真の、コディの後ろに茂っているのも、麦です。こうしてあっという間に夏になっていくのでしょう。農道では野ばらやスイカズラの仲間が花の盛りを迎えており、風の中になんともいえない良い香りが混じっていて、5月の季語「風薫る」的なかんじをリアルに体感しています。

 今日は、去年の9月にぶつぶつ言っていた「犬の聴覚過敏と付き合う」というテーマの2回目のノートです。5歳頃から特定の音に「おや?」と思う反応をするようになり、6歳半ごろからは雷を恐れてクンクン言うようになったコディですが、現在7歳半に差し掛かり、「その後どうなったか」についてのアップデートです。

 まず、前回のノートで書いたような行動は変わらず、さらにここ6ヵ月の間に、嫌がる音のバラエティが増えました。具体的には、以前から恐れていた「落雷」「アマゾントラックがバックする時に出すピー音」「火災アラーム」等に加えて、

 ・突然鳴るホイッスル音

 ・突然鳴るPCの停電装置

 ・突然鳴る停電時の機器類の停止音

 ・稀に鳴るセキュリティシステムのアラーム音

 ・天井スピーカーからのアンプ接続音


などなどが忌避の対象に加わっています。一部例外もありますが、「突然鳴るハイピッチ音」シリーズが概ねすごく嫌なようです。反応の強度は、音源からの距離によって違いますが、むっくり起きて耳をそばだてる~ハアハアと息をしたり、よだれをたらす、クンクン鳴く、立ち尽くす………程度から、デッキや車庫に自分で避難する、震えながらテンパって2階へ駆け上がる、などなどと開きがあります。

 おもしろいなと思った点が、音への反応は環境に非常に大きく左右されるということです。たとえば「アマゾントラックがバックする時に出すピー音」などは、セラピーの訪問で訪れたざわざわとした市街地の環境の中では、完全に無視して何も感じていない様子が見て取れます。練習の一環として工事現場なども観察させに連れて行きますが、重機の音などははっきりいって落雷より煩いこともあると思いますが、全く平気なようです。音のボリュームというより「断続的に起こっている音か」という点のほうが重要なのだと思いました。

 健康面に関しては、すでに獣医さんに複数回コンサルテーションをしてもらっており、犬の活動レベルやオモチャや餌への興味、食欲、日中の過ごし方、歩様、排泄、屋外での過ごし方といったものには全く変化が見られ無い為、現段階では「現状維持&経過観察」「多分年とってきてるから」と言われました。落雷に関してはアルプラゾラム(alprazolam)という薬剤が処方されました。運動と脱感作トレーニングに引き続き力を入れながら、どうしても必要という場面があった時のオプションとしてとっておきたいと考えています。

 また少し話題からずれるのですが、コディは自宅内の「1Fから地下へ行くための階段」という特定の階段にも、最近すごく警戒するようになってきています。下から吹きあがってくる微かな空気の動きなどから高低差を感じているようで、周辺の廊下を「つり橋をわたる人」のようにかなり慎重に歩くようになりました。採血が出来ない問題の時も書きましたが、ここのところ全体的に警戒心増、ストレス耐性減、なのかなー、という傾向があります。これらの状況は今すぐに生活に支障を来すレベルではありませんが、時とともにやや悪化傾向なのが気になります。

 不安を訴えやすい時間帯としては、日中よりも日没後が多いです。この辺一帯の雷は夜来ることが多いこと、夜は人が寝静まり生活音がないため不審な音が際立つこと、などが関係しているのかなと思います。もともと目が良い犬なので、暗くてものがよく視認出来ない状態が落ち着かないとか、今書いていて気付いたけれど、もしかすると加齢などで視力自体の低下が起きているなどもあるのかも知れません。念のため、今年中に眼科専門医にも予約をとろう(最近すこし目が濁って見える時があるので)。

 ずっと取り組んでいる脱感作(desensitising)トレーニングについては光明もあって、コディは最近、食器洗浄機がガチャガチャ言う音を克服しました。手帳を見ると、最初に食器洗浄機を避ける素振りを見せたのは2020年の10月ですから、それから1年6ヵ月の地道な練習で「音はいやだがとなりで座って我慢ができる」ところまでもどったことになります。落雷や停電関連の音は、食器洗浄機の音にくらべて再現が難しく、それに応じてか拒絶反応も激しいため、トレーニングの形でどこまで克服していけるかは分かりません。でも、何事もやらないよりはマシかと思います。いずれにせよ、音系を克服するトレーニングは長い長い時間がかかると分かったし、先に犬の寿命がつきる可能性も高いですが、チャレンジを続けたいと思います。がんばろう!🐺



 コディは昔から、夜間は色んなものに対する感受性が上昇して表情も変わり、行動も昼とかわってくるので(周囲への探索欲、プレイドライブが非常に強くなる、よく吠える・唸る)、特に田舎に引っ越してからは日没後の散歩は避けてきました。これについて最近とても興味深いビデオを見つけたのでくっつけます。アメリカの田舎のおもしろいお兄さんの生活Vlogで、その人の護畜犬マレンマ・シープドッグの回です。



 このビデオの最後5分間くらいで、マレンマの「トビ」の夜のすがたが記録されているのですが、私はこれを見てあっと思いました。もしもコディを夜中、外に家畜と共に留まらせた場合、恐らくこのトビとかなり似た行動をとると思ったからです。

 コディが夜特にワサワサしているのは、彼がそういうヤツだから、というだけでなく、これが実働時代から「有意義だったから残された資質」だったからかもと気付きました。田舎に住むと分かりますが、月や星の明かりしかない夜に表で見張りをしてくれる存在ははっきり言って非常に頼もしいです。犬はセコムやアルソックができるよりずっとずっと前から私達のためにこれをやってくれていたんですよね。年季がちがいます。

 アメリカ産の犬種であるシャイロ・シェパードは端的に言うと「愛玩用の巨大なシェパード」として発展してきましたが、繁殖をするうえで、健康だけでなく「シェパードとしての本能」もなるべく消さないよう心を配っている繁殖家が多い犬種です。熱心な人達は個人的に子犬を集めて、牧羊犬の適正テストを受けさせる人もいます。コディも知り合いと一緒に受けたことがあります。そのような犬種なので、こうした家畜のまわりで働く犬らしい気質がより多く残った個体がいても不思議ではないと思いました。

 それにしても、我々と暮らし始めてから何万年もの間、犬は村や家族単位で比較的密集して暮らす傾向のあった人間たちにくっついて、アンビエントな自然音と共に寝起きし、いつもそれらがあることに慣れていたはずです。それに比べると、現代の犬達は核家族で「家に一人~数人しか人がいない」みたいな環境の中、進歩した建材で気密性が向上し、正に『不自然に』しんと静まり返った屋内で、時々ピッ!とかカタッ!とか音を立てる機械の存在などは、ひょっとするといくら確認しても実態のつかめない不審者の幻影と暮らしている気分なのかも知れません。それは、家や家畜を守るという本能をもつ犬達にとっては、特に不安を喚起させるものなのではないでしょうか。牧羊犬が聴覚過敏に陥りやすいと言われるのには、このあたりにも要因があるのではないかと思いました。


2022年5月22日日曜日

海外で「日本人」を育てる



 とは言ったものの、自分が実際何人を育てているのか釈然としていない部分があります。6歳の娘の話です。「娘はニホンジンです。」と、思う事にしていますし、アメリカで生まれ育っているから「アメリカジンです。」というのも、妥当に思います。今日何が食べたい、と聞くと「ハンバーガー!」と言ったりしますが、なっとうご飯の日も多いし、にんたま乱太郎に声を上げて笑い、なにより履き古したスニーカーにこっそり「ありがとう」と手を合わせてから捨てている様子などを見ると、「日本人だ」と感じます。生物学的に半分はロシア人であり、父親に言わせると性格は「とてもスラブ的」だと言います。娘のおばあさんは先祖代々ボルガ川のほとりの小さな村に住んでいたメリヤというフィン系のロシア人でした。娘のマユゲはユダヤ人が見え隠れする時もあります。言語も、文化も、DNAも、いろいろに混ざったチビな命、それがわが子というのが現状です。

 子が生物学的背景をこえて「何人か」を考えるときひとつの指標になるのが「どの言語で深く思考するか」ついで「その国の文化が母文化として体に染みわたっているか」という点かと思います。私自身を振り返れば、「日本で生まれた」ことや、「日本人から生まれた」こと以上に私を日本人たらしめるものがあるとしたら、「私は日本語で深くものを考える」「日本の文化を熟知している」という点ではないかと思います。

 とりわけ日本語による思考は、私が日本という地理的な座標から遠く切り離されても、いつでも変わらぬ基準点として自我を照らしてきました。義両親についても同じで、移民として40年以上このアメリカで暮らしてきましたが、どれだけアメリカの生活に馴染もうと英語がどれほど堪能になろうとも、思考の深部にはいつもロシア語があり、ソビエト的思考回路があり、日常のいたるところで脳裏にソビエトの詩、歌、美術や歴史の知識があふれます。たとえ国を捨てたとしても、やはりどこまで行ってもソビエトの人なのです。これは、アメリカの移民一世の中ではよく見られる現象です。「血は水よりも濃い」といいますが、この移民の国に住むと水よりも血よりも濃くさらに強力に自己を醸成する存在は「土」であり、それと固く抱き合った存在である言語と思考である、と思えるようになります。

 まっとにかく、そのような観点から見れば、いずれアメリカで義務教育を修了してアメリカ文化に精通し英語による深い思考能力を身に着けることになる娘は、アメリカ人だということになります。生まれた時から疑いようもなくアメリカ人であるよその子供達と比べたら、成長のうちのどこかの段階でアメリカ人に「なる」後天的なアメリカ人とも言えるかもしれません。

 ここで日本人の親としては、子供が「アメリカ人」であると同時に「日本人」であることは両立し得るのか、というソボクな疑問が浮上します。さっき書いた考えをもとにすると、子が「日本の文化を体験として知っている」「日本語での深い思考が可能」であれば、「およそ日本人」と言えるとも思うので、じゃあ、将来的にそれをある程度可能にするレベルの日本語の力が子供にもあるといいいな、というところまでやってきます。




 ここワシントンDCメトロエリアは、日本人や日系子女が学ぶ場としていくつかのオプションが存在します。文化公共事業、および学生支援などを行うワシントンDC日米協会をはじめ、日本語継承センター、文部科学省承認校で高校2年生まである補習授業校ワシントン日本語学校などがその筆頭と言えます。また、全米でも珍しいのですが公立校で英語と日本語によるエマ―ジョン教育を展開しているFox Mill ElementaryGreat Falls Elementaryなどの小学校があります。未就学児についても土曜だけ開園する幼稚園にさくら学園たんぽぽ幼稚園ひまわりの会、日本語で保育を行うホームデイケア・プリスクールにバージニア州ハーンドンのわらべ教室、メリーランド州ベセスダのWEEセンター、などがあります。日系人の若者同士の相互扶助や夏冬のキャンプ・プログラムの運営をしている団体としてオーエン・ネットワークがあります。

 在住日本人の母数としては決して多いとは言えない都市圏にありながら、「日本文化や言語の継承」という観点から取ることの出来る選択肢が複数存在することは比較的恵まれていると言えます。北米において「バイリンガルの技能を高いレベルで維持している(バイリテラシー)」と判定されることは、たとえばバージニア州では「Seal of Biliteracy」の称号が与えられたりAP試験 (Advanced Placement Program Exam)やSAT試験(SAT Japanese with Listening)で大学の単位を先取り取得できたりと、進学や就職活動において実益を伴うので、子にとってもメリットがあります(とはいえDC圏は非常に優秀な人が多く、「マルチリンガルで全ての言語がビジネスレベルに達してる」というようなバケモノ人材もゴロゴロしているため、実際には言語に+αとなる活動や運動系の技能なども同じくらい重視されると思います)。ともかくも子供に多言語教育を施す事にはさまざまな恩恵があるということで、特に日本の義務教育に批准した内容を教えてくれる日本語補習校には、毎年多くの子供達が進学します。


娘が初めてキンダーへ行く日、自分はスクールバスの所に連れて行ってもらえないと知った時の犬


 と、ここまで色々書いてきてずっこけてしまうかもしれないのですが、娘は補習授業校の1年生には上がらず、うちでのんびり自宅学習で日本語をやっていくことにしました。主な理由は、地理的な距離(上述したような機関の多くはうちから1時間圏にあります)と、またすでにアメリカの学校生活や習い事もある中で、さらに補習校へも行くとなると、子供が教室や机や車の中で過ごす時間が長くなりすぎるということです。ちょっとヒッピー的な考え方かも知れないけれど、今の我が子供の状態を見発達度合いを見、アメリカの幼稚園の成績を見、と総合的に俯瞰した時に「もっと実際の世界でさまざまな人と交流し、本物の自然と触れ、身体を動かしたり時にケガをし、原体験を積むことが必要だ」と感じました。

 普通に考えれば今後長く日本語学習を続けていくわけなので、勉強の習慣をつけるためにも速やかに日本式の学校に入れるのが良いと思いますが、最終的に学校で強制的につけられる『勉強習慣』と同じくらいかそれ以上に、実際の体験とそれに裏付けられた思考力、自信、独立性、社会性、根気そしてそして体力✊などがこれからの世を生きていく人には特にだいじで、まずはこれらの芽を伸ばしたいと考えました。

 また人間の子供を育てるうちに気付いたのですが「子の周囲に質の高い友達の輪がある」ということはかなりだいじな反面、子供が自力でこれを構築&維持していくことが難しいです。特に車社会のアメリカではこの傾向が顕著で、ここでは小さいうちからそういうものを作ってあげるのはじつは重要な親の役割だった、と気が付いたわけですが、しかし親が自分から働きかけて作っていく以外に効率的な方法はなく、一朝一夕では困難です(だから日本でもアメリカでも子供を私立に入れたがる忙しい親、というのが一定数いるのかな、と思います。ネットワークづくりを学校が手伝ってくれるので、、、)。というわけで、今後は犬のブログにときどき「外国で日本人を育てる(という無理難題にのたうちまわる私)ノート」が入ってくるかもしれませんが、ちょっと箸休め的な話題と思って、お許しください。




 ところで娘は昨日初めて「お弁当に箸が入っている事がみんなと違ってると思って急に恥ずかしくなった。」と教えてくれました。先週までは何の疑いもなくお箸とのり弁を持って学校に行っていたのです。クラスメイトは9割以上が白人の地域ですが、初日からお箸も海苔も、スナックに実家から送られたおつまみの貝柱(⇐娘の大好物)も持たせていたのです。かなり能天気な娘も、自分の食べ物がまわりとだいぶ違うということに急に気が付いたみたいで、日露米あやふや人⇒アメリカ人、への変容は既に始まっていると言えるでしょう。

 箸が恥ずかしくなった娘ですが、今朝のべんとうはサンドイッチにして、食器はフォークやスプーンを入れようか?と言うと、箸のままでいいと言ったのでそのままになりました。よく聞いてみるとどうもアメリカ人の子は弁当に野菜がたくさん入っているのに慣れてない子がいるみたいで、娘は茶色や緑色のお煮しめを「ew(きもっ)」と言われることもあるようなのです。「次は、あなたは工場で作ったソーセージや油で揚げたポテトばかり食べてるの?ew、といいなさい。」と言ったら大笑いしていました。

 まだまだ小さい今のうちに身辺の出来事に自分で対処する方法を学んでもらいたいです。相手と同じ土俵に立ってみっともないと思われるかもしれないですが、○○ちゃんにewと言われた、とか先生に言いつけて自分の問題をだれかになんとかしてもらおうとするまえに、小さいうちからハッキリ言いかえしていじわるするべきでない相手だと分からせることはだいじなことです(「何度もいじられる場合や、身体的に被害が及びそうな時は先生に言う」ことと基準は与えています)。それに、言い方は悪いけど、そうやって自分の力で他者を打ち負かす経験をしていないとはっきり言って自信は育たないと思うので、幼稚園の今がチャンスと思って頑張ってもらってます。


タコのようにかしこく柔軟に