リミフォリアです。硬葉系は最近分類がHaworthiopsisに変わったそうですね。これ系はポーカーフェイスで何考えてるか分かりにくく水やるタイミングもなんだかイマイチ分からないので苦手意識があって、うちで育てるのはこの株が初めてです。こないだ少し触ったら根がしっかり張っていてひと安心です。男性的な草。
2022年8月23日火曜日
草の成長(とコディ)
リミフォリアです。硬葉系は最近分類がHaworthiopsisに変わったそうですね。これ系はポーカーフェイスで何考えてるか分かりにくく水やるタイミングもなんだかイマイチ分からないので苦手意識があって、うちで育てるのはこの株が初めてです。こないだ少し触ったら根がしっかり張っていてひと安心です。男性的な草。
2022年7月27日水曜日
うんちから生えたお宝
犬の糞尿って、長い目で見ると果樹や植え込みの植物などに思いの外影響がありますね。うちの犬は体も大きいし、排泄場所にはいつも気を付けていましたが(日本みたいにおしっこの後を水で流すほどではないけど)、今のうちに越してからも、犬のトイレはかならず庭の柵の外まで歩いて行って「自分の土地ではあるけれど雑草生い茂る一角」ですませるようにしていました。
ここにはミミズや小さなトビムシ、ワラジムシなどが大量にいて、コンポストみたいになんでもすぐに土に還してくれます。道で轢かれた獣を置いた時も、すぐに骨だけになったりしてハエ類や小さな虫たちの力には驚きました。地下水系にも影響はないとふんで、ここでしたコディのうんちは、拾わず置きっぱなしにしていました(てへ)。そんな一角に生えてきたお宝の話です。
今月に入って「雑草生い茂る一角」にすごい勢いでキイチゴが実りだしました。小さくて宝石みたいなきれいな赤い実が、食べても食べてもなくならないくらい、あっちこっちに鈴なりになりました。バージニアに自生するワインベリーです。形状は、小型のラズベリーみたいで丸みがあり、艶があり、ホールフーズ(日本のザ・ガーデンみたいなスーパー)で売ってないのが不思議なくらい風味があって、タネの食感もプチプチしておいしいです。
2022年5月23日月曜日
犬の聴覚過敏とつきあう②
北バージニアの僻地では、ここ2週間で急に日差しが強くなり、暑くなりました。近所の畑では麦がどんどん育っています。上の写真の、コディの後ろに茂っているのも、麦です。こうしてあっという間に夏になっていくのでしょう。農道では野ばらやスイカズラの仲間が花の盛りを迎えており、風の中になんともいえない良い香りが混じっていて、5月の季語「風薫る」的なかんじをリアルに体感しています。
今日は、去年の9月にぶつぶつ言っていた「犬の聴覚過敏と付き合う」というテーマの2回目のノートです。5歳頃から特定の音に「おや?」と思う反応をするようになり、6歳半ごろからは雷を恐れてクンクン言うようになったコディですが、現在7歳半に差し掛かり、「その後どうなったか」についてのアップデートです。
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まず、前回のノートで書いたような行動は変わらず、さらにここ6ヵ月の間に、嫌がる音のバラエティが増えました。具体的には、以前から恐れていた「落雷」「アマゾントラックがバックする時に出すピー音」「火災アラーム」等に加えて、
・突然鳴るホイッスル音
・突然鳴るPCの停電装置
・突然鳴る停電時の機器類の停止音
・稀に鳴るセキュリティシステムのアラーム音
・天井スピーカーからのアンプ接続音
などなどが忌避の対象に加わっています。一部例外もありますが、「突然鳴るハイピッチ音」シリーズが概ねすごく嫌なようです。反応の強度は、音源からの距離によって違いますが、むっくり起きて耳をそばだてる~ハアハアと息をしたり、よだれをたらす、クンクン鳴く、立ち尽くす………程度から、デッキや車庫に自分で避難する、震えながらテンパって2階へ駆け上がる、などなどと開きがあります。
おもしろいなと思った点が、音への反応は環境に非常に大きく左右されるということです。たとえば「アマゾントラックがバックする時に出すピー音」などは、セラピーの訪問で訪れたざわざわとした市街地の環境の中では、完全に無視して何も感じていない様子が見て取れます。練習の一環として工事現場なども観察させに連れて行きますが、重機の音などははっきりいって落雷より煩いこともあると思いますが、全く平気なようです。音のボリュームというより「断続的に起こっている音か」という点のほうが重要なのだと思いました。
健康面に関しては、すでに獣医さんに複数回コンサルテーションをしてもらっており、犬の活動レベルやオモチャや餌への興味、食欲、日中の過ごし方、歩様、排泄、屋外での過ごし方といったものには全く変化が見られ無い為、現段階では「現状維持&経過観察」「多分年とってきてるから」と言われました。落雷に関してはアルプラゾラム(alprazolam)という薬剤が処方されました。運動と脱感作トレーニングに引き続き力を入れながら、どうしても必要という場面があった時のオプションとしてとっておきたいと考えています。
また少し話題からずれるのですが、コディは自宅内の「1Fから地下へ行くための階段」という特定の階段にも、最近すごく警戒するようになってきています。下から吹きあがってくる微かな空気の動きなどから高低差を感じているようで、周辺の廊下を「つり橋をわたる人」のようにかなり慎重に歩くようになりました。採血が出来ない問題の時も書きましたが、ここのところ全体的に警戒心増、ストレス耐性減、なのかなー、という傾向があります。これらの状況は今すぐに生活に支障を来すレベルではありませんが、時とともにやや悪化傾向なのが気になります。
不安を訴えやすい時間帯としては、日中よりも日没後が多いです。この辺一帯の雷は夜来ることが多いこと、夜は人が寝静まり生活音がないため不審な音が際立つこと、などが関係しているのかなと思います。もともと目が良い犬なので、暗くてものがよく視認出来ない状態が落ち着かないとか、今書いていて気付いたけれど、もしかすると加齢などで視力自体の低下が起きているなどもあるのかも知れません。念のため、今年中に眼科専門医にも予約をとろう(最近すこし目が濁って見える時があるので)。
ずっと取り組んでいる脱感作(desensitising)トレーニングについては光明もあって、コディは最近、食器洗浄機がガチャガチャ言う音を克服しました。手帳を見ると、最初に食器洗浄機を避ける素振りを見せたのは2020年の10月ですから、それから1年6ヵ月の地道な練習で「音はいやだがとなりで座って我慢ができる」ところまでもどったことになります。落雷や停電関連の音は、食器洗浄機の音にくらべて再現が難しく、それに応じてか拒絶反応も激しいため、トレーニングの形でどこまで克服していけるかは分かりません。でも、何事もやらないよりはマシかと思います。いずれにせよ、音系を克服するトレーニングは長い長い時間がかかると分かったし、先に犬の寿命がつきる可能性も高いですが、チャレンジを続けたいと思います。がんばろう!🐺
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コディは昔から、夜間は色んなものに対する感受性が上昇して表情も変わり、行動も昼とかわってくるので(周囲への探索欲、プレイドライブが非常に強くなる、よく吠える・唸る)、特に田舎に引っ越してからは日没後の散歩は避けてきました。これについて最近とても興味深いビデオを見つけたのでくっつけます。アメリカの田舎のおもしろいお兄さんの生活Vlogで、その人の護畜犬マレンマ・シープドッグの回です。
このビデオの最後5分間くらいで、マレンマの「トビ」の夜のすがたが記録されているのですが、私はこれを見てあっと思いました。もしもコディを夜中、外に家畜と共に留まらせた場合、恐らくこのトビとかなり似た行動をとると思ったからです。
コディが夜特にワサワサしているのは、彼がそういうヤツだから、というだけでなく、これが実働時代から「有意義だったから残された資質」だったからかもと気付きました。田舎に住むと分かりますが、月や星の明かりしかない夜に表で見張りをしてくれる存在ははっきり言って非常に頼もしいです。犬はセコムやアルソックができるよりずっとずっと前から私達のためにこれをやってくれていたんですよね。年季がちがいます。
アメリカ産の犬種であるシャイロ・シェパードは端的に言うと「愛玩用の巨大なシェパード」として発展してきましたが、繁殖をするうえで、健康だけでなく「シェパードとしての本能」もなるべく消さないよう心を配っている繁殖家が多い犬種です。熱心な人達は個人的に子犬を集めて、牧羊犬の適正テストを受けさせる人もいます。コディも知り合いと一緒に受けたことがあります。そのような犬種なので、こうした家畜のまわりで働く犬らしい気質がより多く残った個体がいても不思議ではないと思いました。
それにしても、我々と暮らし始めてから何万年もの間、犬は村や家族単位で比較的密集して暮らす傾向のあった人間たちにくっついて、アンビエントな自然音と共に寝起きし、いつもそれらがあることに慣れていたはずです。それに比べると、現代の犬達は核家族で「家に一人~数人しか人がいない」みたいな環境の中、進歩した建材で気密性が向上し、正に『不自然に』しんと静まり返った屋内で、時々ピッ!とかカタッ!とか音を立てる機械の存在などは、ひょっとするといくら確認しても実態のつかめない不審者の幻影と暮らしている気分なのかも知れません。それは、家や家畜を守るという本能をもつ犬達にとっては、特に不安を喚起させるものなのではないでしょうか。牧羊犬が聴覚過敏に陥りやすいと言われるのには、このあたりにも要因があるのではないかと思いました。
2022年5月22日日曜日
海外で「日本人」を育てる
2022年4月25日月曜日
パラダイム教に入信
突然ですが入信しました。笑
犬の餌とか栄養といったトピックは深遠なるもので、私が犬餌をのぞく時、犬餌もまたこちらをのぞいているといったレベルで膨大な情報がこの世の中に散乱しているわけでありますが、何が良くて何がダメかといったごく基本的なことさえ時代と共に変わっていく様子が伺え、いつまでも「最適解」を掴むことが困難です。でも最近、ひとつ(本当に小さなことですが)まちがいない事実を掴みました。それはコディが「パラダイム」をやたら好むということです。
パラダイム(Dr. harvey's paradigm)とは近年犬の専門店などに行くと取り扱っていることのある野草や野菜、ハーブ、スピルリナ、根菜類などを中心にした乾燥餌で、使う時に必要量をお湯でもどし、肉類と油脂を適量加えて犬にあげるというものです。犬に手作り食をあげているオーナーさん達の間なんかでわりとよく取り沙汰される餌で、特にオリジナルのレシピには炭水化物が入っていないので、犬のケトジェニックダイエット勢にも一定の人気があるようです。私は日本の犬の健康食のサイトを見ていたら載っていたこの製品に興味を持って、アメリカの公式サイトへ行ってフリーサンプルを頼んだら、かわいいカードと共に試供品が送られてきました(写真上)。けっこうたくさん入っていて、小さな犬さんだったら何食分もとれるのではと思いました。すごく太っ腹です。
こんな風にお湯でもどして使います。薬用ハーブティーとか若干ウコンっぽい香りが漂います。
野菜嫌いのコディがどういうわけかよだれを垂らしながら周囲をウロつく程興味を見せます。
私はこれまでコディと暮らす中でさまざまな餌を試してきましたが、現時点の世で、犬の総合食として一番研究が進み一番歴史が長い「犬のドライフード」というものに一定の信用を置いているため、これまでコディの献立に手作り食的要素を積極的に取り入れるということはありませんでした。多分これからもないでしょう。でも「自分の犬が何か特定のレーベルの餌が好き」ということはそういうのとは別次元の話で、特にシニア期に入ってきている愛犬のことなので、やっぱり「好きな物があれば沢山食べて欲しい」という気持ちがあります。それが健康的にもそこそこよいとされているものなら、願ったり叶ったりです。
パラダイムは栄養バランスの観点からは100点満点ではないという返しもあります。確かにそうなのかも知れません。でも、昭和生まれの中年の私からしたら犬ってもともと残飯食べて、子犬のうちに死ななかったヤツはなんやかやで7~8年くらい生きて、何かの病気やケガで死ぬ、というのが過去何百年間のライフサイクルだったと思ってるので「こんな立派な物を食べて、早々死ぬことはないだろう」と思います。尚、7~8年というと本当に短く聞こえますが、「犬のアクティブイヤー」という観点から見ればこの7~8年は、「彼らが生を謳歌する」という意味では個人的には悪くない年数だと思います。もちろん、出来る限りの健康と共に長生きするのがベストなのは言うまでもありませんが。
ちょっと脱線するのですが、犬餌のことで思い出した小話があります。旧ソ連出身の義父によると、少なくとも1950~60年代頃までのロシアやヨーロッパ周辺国では、「ドッグフード」という概念は非常に希薄だったと言います。この時代、一般の人々がどのように犬の餌を準備していたかというとちょうど日本人が残飯に汁をぶっかけた「犬まんま」をやっていたように、自分達の食事を準備する時に極力薄味にした肉や魚のスープを作り、パンやジャガイモなどの所謂「テーブルスクラップ」にかけて与えていたと言います。「缶フード」などの類も、軍用犬などには使われたかも知れないが一般的には普及していなかった、と言います。
義父は、当時一緒に住んでいた祖父母が、自分達の生まれた1920年代から変わらぬやり方でこうして犬の餌を毎日準備していたのを見ていました。当時ロシアでは一般家庭に冷蔵庫がなかったので、その日の食材はその日に入手することが多く、「粗食だが鮮度は悪くなかった」そうです。役所の繁殖プログラムでイーストヨーロピアンシェパードを飼っていた義母の家でも餌については全く同じだったそうです。
ミーハーオイルも手に入れました。
ペットの長命化が言われて久しい昨今ですが、私が色々見たり読んだりして来て感じているのは、餌とかよりもなによりもまず予防含む医療全般が進んだことが犬の寿命を劇的に伸ばしたということです。人々が定期的に獣医でワクチン接種をするようになってから、子犬はあまり死なずに育つようになりました。
比べて、犬餌はわりと遅れて進歩してきた印象というか、私が覚えているおよそ40年くらい前までの日本でも一般家庭の犬はビタワン的なグレードの餌を食べ、あとは食卓の残り物とか、たまに貰えるビスケットやおせんべいを牛乳にひたしたやつなんかを食べていました。因みに日本で1960年代にビタワンとかデビフのような犬用配合飼料が出る前は、愛犬家達は犬に幼鶏用配合飼料を与えたりして育てていました(資料:ビタワン公式)。実際は各家庭で汁を足したり、卵を入れたり工夫して餌やりしていたとは思いますが、養鶏用飼料といえばほとんどは穀類、くず米、くず麦、フスマなどで、たんぱく源として魚粉や大豆かすが気休めにちょっと入っている程度のものです。日本の年寄りの猟師さんなどは寒い時期になると、ラードを犬の餌に加える人も見た事があります。
今の人たちには信じてもらえないかもしれないですが、そんなのでも犬達は生きていました。昭和中期から後期に限れば、犬というのは家族としては二軍の存在であり、ぜいたくな住処や餌を与える人はまだまだ一部でした。私の祖父母の家の犬達…ペットのボクサーやサモエドなどもそれでみんな普通に10歳とか12歳位まで生きて、死んでいきました。彼らの食事は現代のスタンダードからすると相当粗悪と言わざるを得ないものでした。その割にみんな長生きだったのはやはり運動をたっぷりして、定期的に獣医に通っていたからだと思われます。
田舎なんかではとくに、大部分の犬達は外に繋ぎっぱなしで車庫の一部をベニヤ版で囲ったような所に古布を入れて犬小屋にしたりと、とにかく今とは比べ物にならないほど雑な扱いを受けていました。みんな生まれてから一度も風呂なんか入ったこともなさそうな犬達でしたが、毎日元気よく吠えてシッポをちぎれんばかりに振って、大急ぎで餌を食べ、端的に言えば現代を生きる犬達となんら変わりのない幸せな命の時間を享受しているように見えました。犬とはなんと柔軟な生き物か……。
………ものすごく脱線してしまいましたが、とにかく、こういう原体験のために私は「犬はかなりの粗食に耐える生き物」という刷り込みがあるのかもしれません。
2022年3月30日水曜日
最近の草
去年の8月の時点ではこんなに初々しかった宝草。それから子株がボーボーに生えてきていつのまにか「ヤンママ風」の様相を呈しています。そろそろ植え替え時なのかもですが、これはこれで可愛いのでいじりたくないです。でもこのままだと根づまりしそうなのでやっぱりそろそろ土を変えた方がいい気もします(めんどくさし)
2022年3月29日火曜日
採血が出来ない問題
コディのバックパック
サクラやアンズの花が満開のバージニア北部、ここ数日はかなり冷え込んで、陽光の中で時折パラパラくる粉雪が光っています。我々のほうは、前回のノートに書いていた秘密兵器が来たので、ここ1か月ほど慣らし運動をしていました。なかなかいいかんじです。トングと、軍手もゲットしました。私の軍手は、なんと花柄です(全くもってイラナイ情報)。
コディが背中にしょっている緑の袋がその「秘密兵器」です。ノルウェーのサーミ自治区にある小さなキャンプ用品会社にオーダーしました。容量は40リットルで、ちょっとしたヒト用デイパックよりもたくさんものが入ります。テントなどの野外用品に使う布地を工業縫製で縫い合わせてあります。これが届くまですごい紆余曲折があって、ノルウェー語しか対応してないオーダーサイトからは注文も振り込みもできず、発送も基本的に国内のみだったため、直接交渉してインボイスを作成して送ってもらったのでした。時間はかかりましたが、スタッフの方がとても親切に対応してくれたので実現しました(ありがとう)。
最初の2週間ほどは空の状態でしょわせて歩かせて、慣らし運動と荷重分配の確認をしましたが、左右のウエイトの違いに結構繊細なので、そこさえ気をつければあとは比較的シンプルで非常に使いやすいバックパックです。なによりこの緑色をすごく気にいっています。派手じゃなく、でもバックグラウンドには埋もれず、素朴だけどちょっと目を引くような、しかしカッコつけすぎない、なんともいえないいいデザインだと思います。
日本やアメリカだと「犬のバックパック」といえばファンシーか、スポーティか、タクティカルか(軍隊みたいなスタイル)みたいな極端な選択肢しかなくて、それぞれのカテゴリにマッチする犬の場合は良いのですが、コディ郎のようにファンシーでもスポーティでもタクティカルでもない犬にとっては「どれをしょってもなんかヘン」という状況になってしまうのが悩みでした。また、私はこれは「犬に荷物をしょわせる」という文化がないことが原因と思っているのですが、容量自体も多くないものがほとんどで、ハイキング以外の実務に耐えるような製品がありません。
私とコディがせっせと片付けた通りを地元のホースマンが通っていきます。思わず口元が緩んでしまいます。私達2人の秘密のプロジェクトによってきれいに保たれた道をあなたたちは何も知らず歩いて行くのだと、ちょっとほくそ笑みに近い笑いです(笑)。
2022年2月23日水曜日
コディ7歳
1月初旬、犬のコディが無事7歳の誕生日を迎えました。
コディの最近の主な関心事はトレーニングと散歩です(というか生まれた時からずっと主な関心事ですかね;)相変わらず子犬の様にドスドス跳ね回り飼い主がやりたいことには何でも付き合うという気概を見せてくれるので、嬉しいです。本気でどこにでも一緒に連れて行ってもらえると思っているので、私は常に「50キロを超える犬のカタマリと共に生きる人」としての人生を余儀なくされているわけですが、私自身も車のルームミラーにコディが写っていないと違和感を感じるのでどっこいどっこいといったところでしょう。嗚呼、シェパとシェパ飼いの共依存。
「一度シェパードを飼ったらもう他の種類の犬を飼えなくなる」という言説をときどき耳にしますが、こうしていつのまにか、ビッチリと隣についてくる犬の存在に慣れ過ぎてしまうためかと思います。「一緒に買い物に行きたいひと」と声をかけると「ワン!」と当たり前のように返事をする存在に慣れきってしまうのです。私は「家の柵の外に出るまでおしっこしてはいけない」と言うとおしっこしてはいけない、おしっこしてはいけないという目をして健気に小走りする犬に慣れきってしまいました。とまあ、愛犬もめでたく7歳児となったわけですが、日課の散歩も決定版と言えるものに進化してきました。①行きは犬トレ散歩、②コディが地面の匂いを嗅いでいる時は私がスクワットなどの運動をし、そして➂帰りは道に落ちているごみを拾って帰る、という「なんだかわからないパワーな散歩」になっています。日本の友達とスカイプで話しながら歩く事もあり、朝夕の散歩がかなり有意義なものになりました。
コディは、私が道に落ちてるものを拾うためにしょっちゅう止まっても気にしないようです。根気よく待っているので「おりこうだね」とほめると嬉しそうです(今日のノートの一番上の写真が、ほめられた時のようすです)。気が向いたらペットボトルなどを拾ってきてくれることもあります。今、このゴミ拾いのために海外から秘密兵器を取り寄せているので、届くのが楽しみです。
「チン」というコマンドでフセから顎を地面に着ける。チョコベビーみたいな形になる。
2022年1月4日火曜日
ビーチから吹雪へ
あけましておめでとうございます。新しい一年が始まりました。この辺鄙なブログを見に来て下さっている皆さまのご健康と、さらなるご活躍をお祈りしてます。不肖私も新しい一年を迎えるにあたって机に向かってノートを広げ「これから達成したい事」をつらつらと書き出したところ、まああまりにも沢山あって、正月早々武者震いするはめになりました。
年末、年越し、お正月は、義父を訪ねハワイ諸島で過ごしました。自分が小学校の低学年頃までは、ホノルルに家があった為この地は何度も訪れていますが、大海原に沸き立つ雲や植物の生い茂る自然、マウナケアの圧力を感じるほどの星空や、怒れる火山などの素晴らしさを本当に噛み締められるようになったのは、30歳を過ぎた頃からです。
今回の滞在では夕日の沈む浜辺に大きいテントを出してクリスマスの御ミサを開く教会や、サーファー姿のサンタさんなど、南国情緒に満ちた年末を過ごすことが出来ました。最終日は朝からヤシのしげるプールで過ごしました。
バージニアに帰り着いて空港の外へ出てみると猛吹雪で、ほんとに小学生なみな感想なのですが「地球ってすごいな。」と思いました。大宇宙から見たら私なんか星の地表に蔓延るアメーバやパンカビ以下の存在でしょう。でもこの地球のパンカビでいられるのは幸せです。
休暇中コディは何をしていたかと、バージニアのシェパードのプロIさんのお家で家族ぐるみのお世話になっていました。朝はIさんと散歩し、昼はIさんの愛犬シェパードや仲間のシェパード達と遊び、夕方はIさんの息子さんのソファにのさばって一緒にテレビゲーム実況を見、夜はIさんの娘さんのベッドで一緒に横になるなど(!)大変可愛がってもらっていたようです。
Iさんはコディを預かると「性格がいい、しつけがいい」「顔がいい」「この犬を育てたあなたは素晴らしい」と、いつもすごく褒めてくれるので嬉しくなってしまいます。「7歳という年齢からするとものすごいよく遊ぶ犬。遊び相手が来ると24時間いつでも遊べる。まわりの犬が疲れると人間を遊びにさそっていた(笑)。」というコメントももらい、やっぱりシェパードに慣れている人にとってもわりと元気な犬なんだなと思いました。気候が寒かったせいもあるでしょう。寒いと無限に遊ぶ奴なのです。
そんなコディも今年はシニアの域に入り、身体の不調が出始めてもおかしくない年齢になってきました。こちらも、トレーニングや体調を日々うまく気を付けながら、家の愛犬としてセラピードッグとして、なるべく良い日々を積み重ねていけるよう注力したいです。
2021年11月21日日曜日
感謝祭の日/娘6歳
それから、人間の子供もそうですが、犬も、他者が持ってるものが「すごくいいものだ」と思う傾向があるなあと思いました。ション君はもともと「人がくれるものはなんでも大好き」というタイプです。そのション君にブロッコリーをあげていたところ、コディも一緒になって必死でブロッコリーください!していたのには驚きました。コディは生粋の肉男で雑草と根菜とキイチゴ以外の野菜は頼まれても食べないですが、ともだちが一生懸命もらおうとするのを見て、この小さい木はいいものに違いない!と思ったようです。「???」と目を白黒させながらブロッコリーを食べている様子を見て腹を抱えて笑ってしまいました。いつも本当に笑わせてくれるヤツです。
それと同時に、過去6年間の犬と子供のダブル育児を通してコディから教わってきた「ものの見方」「考え方」は、私と娘の関係性の土台を維持するのに今後も役立っていくのではないかと思いました。振り返ってみれば、仕事などもぼちぼちしながら、外国でワンオペで乳幼児と元気な超大型犬を同時に世話するのは、困難な局面も多々ありましたが、有意義な挑戦だったと言えます。見返った後方の景色が感慨を誘うというのは登山に似ていますね。引き続き「子育て山」のぼりをがんばっていこうと思いました。次の尾根は、まだ雲の中ですが。
2021年11月19日金曜日
褒めることの有効性
どの飼育書、しつけ本にも必ず書かれていることがあります。犬がいいことをしたら「犬を褒める」ということです。でも常々疑問に思っていることがあって、「褒める事はいつも必ずしも有効なのか」ということです。これはいままでいろいろな犬にふれあったり、また以前飼っていたドーベルマンや、今飼っているシェパードに毎日かかわる中で出てきた問いです。
この世には「褒められる事が有効な犬」というのと、そうでない犬がいるように思います。私の思う「褒められることが有効な犬」というのは、①生まれつき褒められる事への感受性が豊かな犬、そして②後天的に褒められる事への感受性が豊かになっている犬の2種類です(厳密に言えば、同じ犬でも状況によって感受性が増減しますが、、、たとえば家のキッチンと公園とでは褒めへのリアクションが違ったり、、、今回は「本質的に褒められることが有効かどうか」について考えたいと思います)。
①は、遺伝的背景などによって、ほとんど生まれつき褒められることが大好きなように見える犬です。子犬なのに声掛けすると短いしっぽをピロピロ振って、いくらでも人間の活動に付き合おうとするような犬です。特別人に対して親和性を育みやすい性質などの副産物なのかもしれません。私からするとそんな犬と暮らす事が出来ている人は大変ラッキーだと思うのですが、世の中の多くの犬はむしろ、飼い主との沢山の良い思い出を通して「褒められること=いいこと」と、頭の中でしっかりとヒモ付けられて、はじめて褒められることの意味を真に理解できるようになっていくように思います。これは②のパターンです。
②の犬は、しかし、「自分が褒められてる」「褒められることはうれしいことだ」とピンとくるまでに、かなり時間がかかることもあります。飼い主の側がそう思える状況を十分に作れていないなど、理由は多々考えられますが、生まれ持った性質としか思えない事もあります。私が以前飼っていたドーベルマンもそうで、「この犬は自分が褒められて心の底からよろこんでいる」と私が確信するまでに、じつに7年位かかりました。しつけ本に出てくるみたいな「素直に喜んでくれる犬」「褒められようとがんばる犬」になるまでに、じつに寿命の半分以上が経過してしまったのです。後から思えば、犬にとって私と言う存在がまだまだそこまで重要視されていなったからだと思います。ドーベルマンは強い犬なので、そんなどうでもいい存在の人間にほめられようが怒られようがシッタコッチャネ~、だったというわけです。
犬のしつけを考えるとき、トレーナーさんの言う通りにやっているけどなかなかうまくいかないな、というペアの中には、こうしてほめるとかしかるとかいう以前に、犬と人の関係がまだきちんと構築できていないケースもけっこうあるのではないかと思いました。そういう時「褒める事」は報酬として全く意味を成さなくなります。
「褒め」のもう一つの側面として、「犬をやたら興奮させてしまう」という効果もあるように思います。これは逆に褒められることの意味を既にとてもよく分かっている犬に起こりやすいように思います。たとえば今飼っている犬のコディは、特定の状況で遊びをしている時に「グッドボーイ」と言うと、真顔になり、耳が直立し、身体がこわばり、私を凝視する瞳がギラギラしてくることがあります。これはコディが褒められた喜びの絶頂にいる時の表情なんです(以前通っていたドッグランに、この状態のコディがどうしても怖くて冷汗がでて体が硬直してしまうという人がいました)。
いつもの如く長くなってきたので振り返りますが、犬を褒めることも(叱る事も)、まずは関係ができてから、犬に「この人にほめられたい」と思う人になることが、多分先決だということ。そして、個体・場所・状況によっても適切な褒め方があるんではないか~?、、、というところまでまとめて、おわりにします。
今日の写真は2ヶ月前に発根していたエケベリアです。ゆっくりですが窓際でも成長を見せてくれています。これらは皆同じ親株から出たクローン体のはずですが、成長速度や体色にけっこうばらつきがあるのがおもしろいです。来春頃には人にゆずれる位の大きさになってるかも知れません。