2022年4月25日月曜日

パラダイム教に入信


 突然ですが入信しました。笑

 犬の餌とか栄養といったトピックは深遠なるもので、私が犬餌をのぞく時、犬餌もまたこちらをのぞいているといったレベルで膨大な情報がこの世の中に散乱しているわけでありますが、何が良くて何がダメかといったごく基本的なことさえ時代と共に変わっていく様子が伺え、いつまでも「最適解」を掴むことが困難です。でも最近、ひとつ(本当に小さなことですが)まちがいない事実を掴みました。それはコディが「パラダイム」をやたら好むということです。

 パラダイム(Dr. harvey's paradigm)とは近年犬の専門店などに行くと取り扱っていることのある野草や野菜、ハーブ、スピルリナ、根菜類などを中心にした乾燥餌で、使う時に必要量をお湯でもどし、肉類と油脂を適量加えて犬にあげるというものです。犬に手作り食をあげているオーナーさん達の間なんかでわりとよく取り沙汰される餌で、特にオリジナルのレシピには炭水化物が入っていないので犬版ケトジェニックダイエット勢にも一定の人気があるようです。私は日本の犬の健康食のサイトを見ていたら載っていたこの製品に興味を持って、アメリカの公式サイトへ行ってフリーサンプルを頼んだら、かわいいカードと共に試供品が送られてきました(写真上)。けっこうたくさん入っていて、小さな犬さんだったら何食分もとれるのではと思いました。すごく太っ腹です。


こんな風にお湯でもどして使います。薬用ハーブティーとか若干ウコンっぽい香りが漂います。

野菜嫌いのコディがどういうわけかよだれを垂らしながら周囲をウロつく程興味を見せます。


 私はこれまでコディと暮らす中でさまざまな餌を試してきましたが、現時点の世で、犬の総合食として一番研究が進み一番歴史が長い「犬のドライフード」というものに一定の信用を置いているため、これまでコディの献立に手作り食的要素を積極的に取り入れるということはありませんでした。多分これからもないでしょう。でも「自分の犬が何か特定のレーベルの餌が好き」ということはそういうのとは別次元の話で、特にシニア期に入ってきている愛犬のことなので、やっぱり「好きな物があれば沢山食べて欲しい」という気持ちがあります。それが健康的にもそこそこよいとされているものなら、願ったり叶ったりです。

 パラダイムは栄養バランスの観点からは100点満点ではないという返しもあります。確かにそうなのかも知れません。でも、昭和生まれの中年の私からしたら犬ってもともと残飯食べて、子犬のうちに死ななかったヤツはなんやかやで7~8年くらい生きて、何かの病気やケガで死ぬ、というのが過去何百年間のライフサイクルだったと思ってるので「こんな立派な物を食べて、早々死ぬことはないだろう」と思います。尚、7~8年というと本当に短く聞こえますが、「犬のアクティブイヤー」という観点から見ればこの7~8年は、「彼らが生を謳歌する」という意味では個人的には悪くない年数だと思います。もちろん、出来る限りの健康と共に長生きするのがベストなのは言うまでもありませんが。



 ちょっと脱線するのですが、犬餌のことで思い出した小話があります。旧ソ連出身の義父によると、少なくとも1950~60年代頃までのロシアやヨーロッパ周辺国では、「ドッグフード」という概念は非常に希薄だったと言います。この時代、一般の人々がどのように犬の餌を準備していたかというとちょうど日本人が残飯に汁をぶっかけた「犬まんま」をやっていたように、自分達の食事を準備する時に極力薄味にした肉や魚のスープを作り、パンやジャガイモなどの所謂「テーブルスクラップ」にかけて与えていたと言います。「缶フード」などの類も、軍用犬などには使われたかも知れないが一般的には普及していなかった、と言います。義父は、当時一緒に住んでいた祖父母が、自分達の生まれた1920年代から変わらぬやり方でこうして犬の餌を毎日準備していたのを見ていました。当時ロシアでは一般家庭に冷蔵庫がなかったので、その日の食材はその日に入手することが多く、「粗食だが鮮度は悪くなかった」そうです。役所の繁殖プログラムでイーストヨーロピアンシェパードを飼っていた義母の家でも餌については全く同じだったそうです。


ミーハーオイルも手に入れました。


 ペットの長命化が言われて久しい昨今ですが、私が色々見たり読んだりして来て感じているのは、餌とかよりもなによりもまず予防含む医療全般が進んだことが犬の寿命を劇的に伸ばしたということです。人々が定期的に獣医でワクチン接種をするようになってから、子犬はあまり死なずに育つようになりました。

 比べて、犬餌はわりと遅れて進歩してきた印象というか、私が覚えているおよそ40年くらい前までの日本でも一般家庭の犬はビタワン的なグレードの餌を食べ、あとは食卓の残り物とか、たまに貰えるビスケットやおせんべいを牛乳にひたしたやつなんかを食べていました。因みに日本で1960年代にビタワンとかデビフのような犬用配合飼料が出る前は、愛犬家達は犬に幼鶏用配合飼料を与えたりして育てていました(資料:ビタワン公式)。実際は各家庭で汁を足したり、卵を入れたり工夫して餌やりしていたとは思いますが、養鶏用飼料といえばほとんどはくず米、くず麦、フスマなどで、たんぱく源として魚粉や大豆かすが気休めにちょっと入っている程度のものです。日本の年寄りの猟師さんなどは寒い時期になると、ラードを犬の餌に加える人も見た事があります。

 今の人たちには信じてもらえないかもしれないですが、そんなのでも犬達は生きていました。昭和中期から後期に限って言えば犬というのは家族としては二軍の存在であり、ぜいたくな住処や餌を与える人はまだまだほんの一部でした。私の祖父母の家の犬達…ペットのボクサーやサモエドなども、それで普通に12歳位まで生きて、死んでいきました。彼らの食事は現代のスタンダードからすると相当粗悪と言わざるを得ないものでしたが、その割に長生きだったのはやはり(田舎の環境だったので)運動をたっぷりして、定期的に獣医に通っていたからだと思われます。

 大部分の犬達は外に繋ぎっぱなしで車庫の一部をベニヤ版で囲ったような所に古布を入れて犬小屋にしたりと、とにかく今とは比べ物にならないほど雑な扱いを受けていましたが、みんな毎日元気よく吠えてシッポをちぎれんばかりに振って、大急ぎで餌を食べ、端的に言えば現代を生きる犬達となんら変わりのない命の時間を享受しているように見えました。犬とはなんと柔軟な生き物か……。………ものすごく脱線してしまいましたが、とにかく、こういう原体験のために私は「犬はかなりの粗食に耐える生き物」という刷り込みがあるのかもしれません。



 だからといって「コディも残飯やいぬまんまを食べよ」ということではなく、必要に応じていいものを取り入れてなるたけ元気に長生きしてほしいなと、思ってます。トータルな意味での犬の健康には運動、医療、知的刺激、栄養がバランスよく存在することが肝だということは、もはや疑いようもありませんが、それらについてできるかぎりの最善を尽くした後は、あとは天命があるだけだと理解します。人間もきっと同じでしょう。



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