今朝のお散歩より
人間の医療でも「抗加齢」「アンチエイジング」という概念が近年大きく取り沙汰されるようになっていますが、人間が長生きするならペットも、というのはごく自然な欲求かなと思います。うちの犬は2020年からDog Aging Progectという北米のリサーチプロジェクトに登録していて、積極的に治験などには参加してないのですが、犬の加齢についてさまざまな取り組みや研究が進んでいることを知りました。プロジェクトのブログだけでも面白いので、時間がある人はぜひ見てみてください。
またアメリカではloyalというカリフォルニアのバイオテック企業がシニア犬、大型犬・超大型犬を対象に「犬の健康寿命を延ばす薬」を商品化してワイヤード・マガジンやフォーブスなどで取り上げられました。この薬は3か月~半年に1回の注射か錠剤の薬を摂取するもので、おもに大型犬の間で成長に関わるホルモン(GH)特にインスリン様成長因子1(IGF-1)という物質が成熟後も過剰に発現して老化を促進させることを抑制し、犬の健康寿命を延ばす、とされています。老犬専用の薬剤も別途開発しているようです。現在はリサーチを目的とした試験段階にあり、完全なデータが出る前に販売を開始できる米国FDAの「条件付き承認(Conditional Approval)」を2026年内にも取得できれば、獣医師の処方箋を通じて実際に利用可能になる見通しになっているとのことです。
わたしたち人間の社会では、生活習慣や医療にかけられる費用などによって個人の健康や寿命に差があることはすでに知られていますが、こういったことがペットの世界にも波及していっていることがより鮮明になる出来事だなあと思いました。こうして健康だけでなく、「若さ」「QOL」にまでも格差が広がっていくのでしょう。犬の寿命、犬の死。こういうのは大昔から富める者も貧しい者も全ての人類に平等にふりかかる不幸だったから、みんなギリギリなんとか我慢できてきたと思うのですが、人類はいったいどうなってしまうのかな。おらの大切なたった一匹の友達シロはおいぼれて病であっけなく死んぢまったのに……その横で長者どんちのポチはええもん食べてええ薬さもろていつまでも若く長生き………こりゃかなり辛そう。
しかし犬を産業動物という観点から見ると、モノ・お金・時間・人手と、莫大なリソースを割いて育成されるワーキングドッグが元気に活動できる期間を延ばせることには、かなり大きな経済効果がありそうだなとも思います。まあでも、そういう純粋?な目的以外にフトコロ具合次第でアナタタチにも売ってあげるよ!まだ肝心の効果は実証中だけども!とすぐなるところがいかにもアメリカの会社という感じがします。
さて獣医さんのおすすめでELLE VETというサプリメントをコディにあげはじめてからだいたい半月ほど経ちました。CBDオイルだけでなく、より活性の高いCBDAはじめとするカンナビジオール生薬がベースで、抗炎症・抗ストレス、認知機能のサポートなどを謳った製品です。私はもともと漢方的なものにそんなに信仰を抱く方ではなくて、効果はあまり期待していなかったのですが、コディの様子がなんか少しリラックスしたような気がして「あれれ」と興味を持ってみています。特にちょっとした音でバタバタと慌てることが減ってのんびり寝ていることが増えたように思います。でももともと最近はよく寝てたしな……天候がずっと安定しているのでそのせいかも知れません。もう少し様子を見てみようかな。
サプリメントをあげはじめて改めて思ったのですが、音に対する不安感はかなりコディを苦しめ、生活の質を下げていたんだなということです。特に10歳を過ぎてからは、寝ていても少しでも家の中で変な音がするとガバッと跳ね起きて「ガレージに避難させてくれ」と言いに来たり、ガレージに避難すると今度は「外で変な音がしたから家に入れてくれ」と訴えにくる回数が徐々に増えて、ちょっと脅迫的といっていい状態になってきていました。一日のうち何度も重い扉を押し開けて入ってきてしまうので、施錠しないといけないことが出てきていました。
老化のうちの一現象、可哀想だが仕方がないとこれまでも運動や投薬など色んな工夫をしてきましたが、加齢に伴う変化はだんだんに起こるものが多く、付き合ってる飼い主の方も「もとのふつうの状態」をいつの間にか忘れていた気がします。「今あるこの彼の状態はわりと良いものである」と思いたくて、無意識に認識をアジャストしてしまっていたと反省しました。これは、犬の具体的な健康状態を見誤るだけでなく、私がゆくゆくは自分達の関係の健全性をも見誤るのだ、ということを表していると思います。
飼い主の中の「飼い犬の元気で幸福な姿」の像がいつの間にかゆがんでしまっていたということです。そうすると、正確に自分の犬のQOLを評価することは難しくなってきます。いずれ、客観的に見たら一日のうちほとんどしんどそうにしてるのに「ちょっとトレーニングした時間」とか「オヤツをもらったときの姿」「風の匂いを嗅いでる瞬間」とかを拡大解釈して、私の犬は毎日を楽しんでる!と思う事にするという風に、私自身が変容していってしまうのではないか。
もし誰かが「あなたの一日のうちの5パーセントの喜びや楽しみは、残り95%の苦しみや痛みを帳消しにする」と言ったら、ほとんどの人は「そうかな」と言うと思うのですよね。自分の犬に対してだったらそれはOK、としようとするのは不公平に感じます。シニア犬の幸せ度合に関して、飼い主としての感受性が衰えていくのだったとしたら、それにかわるなにか客観的指標があるといいな、などと思うなどしました。
