これ以上近づくと逃げてしまう。
ドッグランでもどこでもいつもかたわらにボールを携えているメスのジャーマンシェパード「ウィリー」。ベンチや木陰で涼む時も、大切なボールを片時も離さず、もはやボールが体の一部になっているようだ。
ウィリーがレスキューされ新しい飼い主にめぐり合う前、ある家のキッチンの片隅に置かれた、大きな体がぎりぎり入る程度の古びたクレートと、餌皿、ゴムのボール1個がこの犬の持ち物の全てだった。基本的な世話する以外、誰もこの犬の事を気にかけないその家でウィリーは、いつもボールを口に咥え、遊んでくれる誰かが現れるのを待っていた。何年もの間辛抱強く待っていたので、口のまわりに白髪がちらほらしだした頃、ウィリーは「不要な犬」としてシェルターに連れていかれた。シェパード犬専門のレスキューグループに引き取られ、新しい家庭へ行くための訓練が行われたけれど、今まで「ボール」と「キッチン」と、裏庭が世界の全てだったウィリーは、それより先へと広がる見知らぬ世界を受け入れることが出来なかった。前の飼い主を思わせる大柄な男性とみるや口から涎を流して恐れ、逃げ惑い暴れるウィリーにはもはや「ふつうの生活」を送ることが難かしく、この犬の管理はシェパードの更生を長年やっているフォスターファミリー(一時預かり家庭)の手に委ねられ、そのままその家庭に引き取られたのだった。
ほぼ毎日ドッグランで見かける風変わりなシェパードにそんな悲しい過去があったとは知らなかったので、彼女が一生懸命(ほとんど脅迫的に)ボールと共に行動しているのを見る目が変わった。ボールは彼女にとってライナスの毛布よろしく、心のよりどころだったようだ。しかし、どうしてこんな話になったんだったかな?そうそう、うちの犬「コディ」が、何度体ををリンスしてやっても、ランへ行くたびに鬼ごっこで不必要に転げまわり労力が不意になる・・・というのをぼやいていた時、ウィリーのオーナー兼トレーナーであるリーが「走り回って汚れている犬は、幸せな犬よ!」と元気付けてくれたのが、きっかけだった気がする。「世の中のどこかには、こうして遊ぶことを知らずに死んでいく犬もたくさん居るのだから」と。
リーと共に血の滲むようなトレーニングを経て現在のウィリーは、いまだにかなりシャイではあるものの、毎日たっぷり一時間のボール遊びとそれに続く昼寝を楽しみ、気が向けば初対面の人にもそっと挨拶にくるほどまでに進歩している。
リーと共に血の滲むようなトレーニングを経て現在のウィリーは、いまだにかなりシャイではあるものの、毎日たっぷり一時間のボール遊びとそれに続く昼寝を楽しみ、気が向けば初対面の人にもそっと挨拶にくるほどまでに進歩している。