成犬になる一歩手前頃のコディの写真が出てきました。
ドッグランの顔見知りや、セラピーの活動を通して私達が今まで関わってきた人々の中には「あなたとあなたの犬は特別なペアだ」と言ってくれた人がちらほらいました。アメリカ人はすぐなんでも褒めてくれるから、社交辞令のひとつとしてそう言ってくれてただけなのかもしれません。けれど大事に一生懸命世話をしてる犬との絆についてそのように言ってもらえるのは、飼い主冥利につきるなと思っていました。
信頼関係で結ばれた愛犬のいるひとなら、皆自分の犬が肉体的には分かたれていても、精神的にはどこかひとつづきの存在だというのは、感じたことがあると思います。言い方を変えれば犬とは、飼い主の魂の遠い一部が四本足とヒトへの純粋な愛と共に毛皮に包まれて、うごきまわっている事に似ていると思います。
飼い主の魂の具体的にどの部分をその犬が反映しているのか?と思うと、これは個別に異なり、おもしろいところです。ただ飼い主の「こうでありたい」姿の一部を犬が補完しているケースは、普遍的によく見かけるように思います。私の知る例で言えば、以前アルバイトしていた物販店にいたアメリカ人の知人が思い当たります。きらきらのブロンドのこの女性は小さな小さな、真っ黒なマイクロミニ・プードルを飼っていました。ほとんど週ごとかなと思うほどひっきりなしにトリマーを呼んで、自分の犬に色んな可愛らしいヘアカットを施して、シミひとつないきれいな小犬用の服を着せ、自分のスポーツブラの中に大切にしまって散歩をし(ほんとに小さな犬だったのです!)手を変え品を変え、選りすぐりの餌やおやつを与えて慈しんでいました。
飼い主の魂の具体的にどの部分をその犬が反映しているのか?と思うと、これは個別に異なり、おもしろいところです。ただ飼い主の「こうでありたい」姿の一部を犬が補完しているケースは、普遍的によく見かけるように思います。私の知る例で言えば、以前アルバイトしていた物販店にいたアメリカ人の知人が思い当たります。きらきらのブロンドのこの女性は小さな小さな、真っ黒なマイクロミニ・プードルを飼っていました。ほとんど週ごとかなと思うほどひっきりなしにトリマーを呼んで、自分の犬に色んな可愛らしいヘアカットを施して、シミひとつないきれいな小犬用の服を着せ、自分のスポーツブラの中に大切にしまって散歩をし(ほんとに小さな犬だったのです!)手を変え品を変え、選りすぐりの餌やおやつを与えて慈しんでいました。
彼女はゲットーで生まれた人でした。違法薬物の売人や売春婦が歩き回る地区の、お母さんしかいない家庭で、定期的に知らない男性が急に『父親』になるという幼少期だったといいます。生活は非常に貧しく、なんとか高校を卒業して、すぐに小売店のマネージャーとして一生懸命打ち込み、それから地区を統括する存在へ、その先へと身を立てがんばってきた人です。彼女が犬を可愛がる様子を見るたび、知らず知らずのうちに彼女は犬の中に介在する自分自身をも癒そうとしているように私は思っていました。こういった場合犬に対する愛は、自己愛の投影みたいなものかなと思っていました。
その考えでいくと、私は犬にいろいろ物を教えたりさせたりするのが好きだから、知らず知らずのうちに「有用・有意義でありたい」と思う心がどこかにあるのかも知れないな。私は自然の生命体である生き物はみな、本質的に何の意味もなく、ただ生まれ、生きて、死ぬだけと考えます。なんだけど、いやそれだけじゃないはずだ、と強く思いたい感情があり、私の生には何か意味があるはず。その意味を全うしたい。という気持ちにつながっています。その証明として、何か個人の力が外部にむかっておよぼされる様を目撃したい、という欲求があるのでしょう。
その考えでいくと、私は犬にいろいろ物を教えたりさせたりするのが好きだから、知らず知らずのうちに「有用・有意義でありたい」と思う心がどこかにあるのかも知れないな。私は自然の生命体である生き物はみな、本質的に何の意味もなく、ただ生まれ、生きて、死ぬだけと考えます。なんだけど、いやそれだけじゃないはずだ、と強く思いたい感情があり、私の生には何か意味があるはず。その意味を全うしたい。という気持ちにつながっています。その証明として、何か個人の力が外部にむかっておよぼされる様を目撃したい、という欲求があるのでしょう。
犬を林や森に連れて行ってひもを外し、犬が興味の赴くままに走り回るのを見るのが大好きなのです。犬がそうして人間には不可能なスピードで木々の間を走り抜けて行ったり、到達できないような場所に立っていたりすると、自分の中の何かが犬に憑依して、躍動しているような純粋な喜びや、ある種の能力の証明のような感覚をもちます。自分にとってのコディとはだから、こうして時々私を人間の肉体と言う殻から出して風と森の変幻する光の中へと調和させてくれる「よすが」といえる存在です。