2019年7月10日水曜日

ボストンへ行ってきました(再び)。

クインシー・ベイに浮かぶ小島から臨む、ボストン市街のながめ。


 北米の夏の休日、ジュライ・フォース(独立記念日)の週は、マサチューセッツ州ボストンの友人宅に寄せてもらっていました。トランク大小3つ、友達一家へのお土産の大きなダッフルバッグ、成人2名、3歳児1、犬1+犬のお皿やブラシなどなどを詰め込んだパンパンのマイカーに乗って、I-95 NからNJ Tpke、コネチカットの歴史街道へ…と、約10時間かけて北上しました(どこかで読んだ書き出し)。




 独立記念日は、家族や友達と食事などをして、夜になったら花火を見に行く、というのが典型的なアメリカ国民の過ごし方です。私達も例に漏れず庭でグリルなどをして過ごしました。滞在先は古民家が集まっているエリアで、昔ながらの近所づきあいが根付いていました。食べ物を並べているとどこからともなく近所の人があつまってきて、勝手に話に花を咲かせていました。


なんか興奮しておもしろい事になっていた


 ヒトある所にイヌあり、近所の御宅の犬達とコディも一緒に遊ばせてもらうことが出来ました。この庭を出てすぐのところにドライブウェイがありときおり車も通るのですが、地域の犬達はみんな勝手知ったるといった感じで、飼い主達も気にも留めない様子でした。ふだんの生活の中で他の家の犬が勝手に庭に入ってきたりすることは結構よくあるみたいです。アメリカの昔の犬の暮らしぶりに近いと感じました。

 それから今回初めて夏のボストンに滞在して、一般家庭に冷房がないことを初めて知ったんですね。自他共に認めるすごい暑がりである自分は死んでしまうのではないかと、道中心配していましたが、築112年の(アメリカ的には)古い家の中は日中は意外なほど涼しく、湿度の低い風が一日中吹いていてさわやかでした………、というのは今年がラッキーだっただけで、去年はマサチューセッツも猛暑で大変だったそうです。
 



 数軒先に、昔偉い軍人だったお爺さんが住んでいました。第二次世界大戦を戦った人です。かなり年をとっていて、自宅でターミナルケアを受けられている様子でした。ある日の夕方、彼の為だけにパレードが執り行われました。非常に名誉な事だそうです。自分も結構長くアメリカに住んでいますが、こういう事は見たことがありませんでした。窓辺から重そうに腕を持ちあげて敬礼に応えるお爺さんの姿が見えました。

 戦争では、間接的に、いやもしかしたら直接的に、多くの日本人の命を奪った人なのかもしれません。今目の前で死にゆくその人を見て、複雑な思いでした。個人のレベルでは、怒りや憎しみなど、何も感じる事がないからです。今までの人生の中に散りばめられた「戦争への間接的記憶の断片」を急に意識して、戦争への思いがふくらみました。自分の娘と、その友達は、バグパイプの音に合わせて楽しそうに踊っていました。その仲良しの娘達にだってそれぞれ、ユダヤ人とドイツ人の血が流れています。




 パレードの時もまた勝手にどこかの家の犬が、ヒモもつけずにフラフラ挨拶しに来ていました。花火といいバグパイプといい、結構な爆音で鳴らしていたけれど、全く物怖じせずみんな自由に歩き回っていた(笑)。豊かな社会性を持った犬達でした。私がかねてから礼賛している「村のいぬ」の像に、また少しピントがあったようで、非常にインスパイアされました。


やや疲れ気味

 今回は庭や近所をうろつく事がメインだったコディ。暑さと、朝から晩まで子供だらけで、あまりよく眠れなかったみたいです。この犬は旅行はいつもこんな感じですね。夜は冷房のある友人夫妻のメインのベッドルームに入れて貰ったりして、すごい特別待遇を受けていたのに(うちのが来ると毛まみれになるラグに文句を言うどころか、こんな事してくれる友人夫妻に感謝)。バージニアの家はずっと狭くて暗い家ですが、静かだし涼しいのでやはり落ち着くようで、帰ってからは3日位ずっとゴロゴロ&寝ぼけまなこで過ごしていました。

0 件のコメント:

コメントを投稿